「武田」

 校長を信頼していた健が、そのことを直ぐ校長に話してみた。「そんな馬鹿な、理窟の通らない話なんかあるものか。お前さんが親孝行だし、人一倍一生懸命に働くからさ。」と云った。――健だって、それはそうだろう、と思った。 阿部だけは、地主やその手先の役場の、とても上手《うま》い奸策だと云った。「もう少し喰えなくなれば、模範青年ッて何んだか、よく分るえんになる。」 ――皆ねたんでいる!――健はその当時は阿部に対してさえそう思った。 然し、健は、父親の身体が変になり、働きが減り、いくら働いても(不作の年でも!)それがゴソリゴソリと地主に取り上げられて行くのを見ると、もとはちっともそうでなかったのに、妙に投げやりな、底寒い気持になった。切り[#「切り」に傍点]がない、と思わさった。――「何んだい模範青年が!」――阿部の云ったことが、思い当ってきた。 それから健は、誰にでも「模範青年」と云われると、真赤になった。

     「武田」

 会が始まった。「開会の辞」で武田が出た。如何にも武田らしく演壇に、兵隊人形のように直立して、演説でもするように、固ッ苦しい声で始めた。聞きなれない、面倒な熟語が、釘ッ切れのように百姓の耳朶《みみたぶ》を打った。 ――……この危機にのぞみ、我々一同が力を合わせ、外、過激思想、都会の頽風と戦い、内、剛毅、相互扶助の気質を養い、もって我S村の健全なる発達を図りたい微意であるのであります。 ――……なお、此度《このたび》は旭川師団より渡辺大尉殿の御来臨を辱うし、農場主側よりは吉岡幾三郎氏代理として松山省一氏、小作方よりは不肖私が出席し、ここに協力一致、挙村円満の実をあげたいと思うのであります。

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